■ マイカー時代の到来 ― モータリゼーションの波
1967年、日本の自動車保有台数は1,000万台を突破しました。
自動車が一部の人のものから、一般家庭へと広がり始めた時代です。

同年、群馬トヨタは問屋町営業所を開設。
中古車の需要も高まり、太田・渋川・前橋・高前バイパスの各営業所に中古車センターを設置しました。
当時は新車の供給がまだ十分ではなく、価格面でも手の届きやすい中古車は、「まずは自家用車を持ちたい」という家庭にとって現実的な選択肢でした。
こうした背景から中古車市場は大きく拡大し、群馬トヨタでも専門拠点を整備していきます。
また同時期には、関連会社としてトヨタレンタカーサービス群馬(現在のトヨタレンタリース群馬)を設立。
自動車を「所有する」だけでなく、「借りて使う」という新しい利用スタイルにも対応していきました。
■ 道路が広げた行動範囲
1960年代から70年代にかけて、群馬県内では道路整備が急速に進みました。
1966年には国道17号の高崎前橋バイパス(通称・高前バイパス)が開通。
高崎市並榎町から前橋市石倉町までを結ぶ全長約9kmの幹線道路で、両都市間の移動は大きく改善されました。
こうした道路整備とともに、マイカーは人々の生活に急速に浸透していきました。
通勤や買い物、家族での外出など、日常生活の行動範囲は大きく広がります。
この時代、とくに人気を集めたのが小型乗用車でした。
扱いやすく価格も比較的手頃なことから、多くの家庭でマイカーとして選ばれるようになります。
1976年には群馬県の人口当たり自動車保有台数が全国一となり、本県は「自動車王国」と呼ばれるようになりました。
■ 来店しやすい販売へ ― 営業スタイルの転換

マイカーが一般家庭に広がるにつれ、お客様の生活スタイルも変化していきました。
それまで営業所は平日と土曜日を中心とした営業で、販売活動もセールスマンが自宅や職場を訪問して提案する訪問販売が主流でした。
しかし共働き世帯の増加などにより、「休日に家族で車を見たい」という声が高まっていきます。
こうしたニーズに応えるため、1979年に日曜営業を開始しました。
さらに1983年には、渋川・前橋・桐生の各営業所にオープン展示場を相次いで開設。
オープン展示場は、「気軽に立ち寄り、実際に車を見て選べる」環境を整えることを目的としたものです。
訪問販売に加えて来店型販売を強化したことで、より多くのお客様に車を身近に感じてもらう機会が生まれ、販売実績の向上にも大きく貢献していきました。
次回は、現在の群馬トヨタビル(高崎市東町80)の完成等についてお話いたします。
白黒写真が続いてましたが、ついにカラー写真が登場します。(笑)